私が瀬戸内国際芸術祭の記事を書くのをやめた理由。2019・2022と全力で島を巡った果てに

2025年、いよいよ瀬戸内国際芸術祭の開催年が近づいてきました。

この「旅カメラ」を以前から読んでくださっている方の中には、「そろそろ瀬戸芸2025の情報が更新されるかな?」と楽しみにしてくださっている方もいるかもしれません。

しかし、結論から申し上げます。

私は、瀬戸内国際芸術祭2025には行きません。
そして、今後瀬戸芸に関する記事を書くこともありません。

決して、アートに飽きたわけでも、島めぐりが嫌いになったわけでもありません。
あるドキュメンタリー番組での「たった一言」が、私の情熱を根底からへし折ってしまったのです。

今回は、なぜあんなに熱狂的に作品を巡っていた私が、瀬戸芸から距離を置くことにしたのか、その率直な理由をお話ししようと思います。

かつての熱狂。自分の足とカメラで記録した2019年と2022年

私はこれまで、香川を拠点とする強みを活かし、瀬戸内国際芸術祭を誰よりも楽しんできた自負があります。

ネット上の情報を拾い集めただけの「まとめサイト」ではなく、自分でフェリーに乗り、島を歩き、レンズ越しに作品と向き合ってきました。
一次情報にこだわり、自分の足で稼いだ記録をまとめたのが、以下の2つの記事です。

特に2022年の記事は、ほぼ全作品を巡り、途方もない時間をかけてまとめ上げました。

記事を公開した時の心地よい疲労感と達成感は、今でも鮮明に覚えています。

純粋に瀬戸内の風景とアートが好きで、その魅力を一人でも多くの人に伝えたかった。

その一心でした。

絶望の瞬間。ドキュメンタリー番組での「あの一言」

2022年の集大成となる記事を書き上げ、余韻に浸っていた頃。
私は瀬戸内国際芸術祭の舞台裏に密着したドキュメンタリー番組を、とても楽しみな気持ちで視聴していました。

しかし、その番組の中で建築家の安藤忠雄さんが語ったエピソードに、私は耳を疑いました。

「福ちゃん(福武さん)がね、瀬戸内海は俺のもんや、って言うのね。
痺れたね~言うのはただやからね」

この言葉を聞いた瞬間、私は開いた口が塞がりませんでした。

大げさではなく、これまで注いできた情熱が急速に冷めていき、死にそうなくらいの失望感に襲われました。

私は安藤忠雄さんのファンでもあり、安藤建築を時々記事にしています。
でも・・・

「今まで、私は一体何をやってきたんだろう」

強烈な虚無感でした。

トップの意識と、現場の純粋な思いとの乖離

「瀬戸内海は俺のもんや」——冗談や比喩であったとしても、この言葉の根底にあるトップの意識に、私はどうしても納得ができませんでした。

「瀬戸内海は呪われている・・・」
PTSDを発症しそうです。

瀬戸内海は、決して誰か一人の所有物ではありません。
そこに暮らす人々の生活があり、美しい自然があり、多くの人が共有している大切な場所です。

地域を盛り上げたい、島の魅力を伝えたいという理念に共感し、私のような発信者や多くのボランティアが、見返りを求めることなく無償の情熱と時間を注いできました。
しかし、その膨大な熱量が、結果的にトップの「私物化」とも取れる自己顕示欲の上に成り立っていたのかと思うと、裏切られたような気持ちでいっぱいになりました。

この一件以来、瀬戸芸という言葉自体に嫌気がさし、視界から遠ざけるようになりました。

これが、私が2025年の瀬戸芸に行かない決定的な理由です。

過去の記録の価値と、これからの「旅カメラ」

トップの言葉には底知れぬ失望を味わいました。
だからといって、私が2019年や2022年に島々を歩き回った事実や、そこで出会った作品の美しさ、島の人々の温かさまでが嘘になるわけではありません。

あの時、私がカメラを持って駆け回り、本気で感動して書き上げた記事の価値は、私自身の中で決して色褪せることはありません。
だからこそ、過去の2つの記事は「私が確かにそこで感動した純粋な記録」として、これからもこのサイトにそのまま残しておきます。

今後は瀬戸内国際芸術祭という枠組みからは離れますが、この「旅カメラ」のスタンスが変わることはありません。

これからも、誰かの借り物ではない「一次情報」にこだわり、私自身の足で歩き、見て、食べて、心動かされたリアルな香川の魅力や旅の記録を、マイペースに発信し続けていきます。

2025年の瀬戸芸記事を期待してくださっていた方には申し訳ありませんが、これからの「旅カメラ」もどうぞよろしくお願いいたします。




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