国指定史跡有岡古墳群「野田院古墳(のたのいんこふん)」から見た瀬戸内の景色
善通寺市にある標高616mの大麻山(おおさやま)山頂近くに、「野田院古墳(のたのいんこふん)」がある。
野田院古墳の横には大麻山キャンプ場があり、その駐車場に自動車をとめる。
善通寺市の南に位置する大麻山(おおさやま:標高616m)から、琴平山(標高524m)に広がる大麻山園地は、瀬戸内海国立公園に位置します。
琴平山には金刀比羅宮奥社(厳魂神社:いずたまじんじゃ)があり、その先の琴平山中腹には金刀比羅宮御本宮があります。
大麻山の山頂部は平らな溶岩台地で、山頂広場からは瀬戸内海や丸亀平野が一望できるとともに、約1kmに渡って800本あまりの八重桜が植えられた桜並木があります。
北西部には、国指定史跡有岡古墳群の野田院古墳や、キャンプ場が整備されています。
キャンプファイアーができるんだね。
キャンプ場のすぐ横に野田院古墳はあるよ。
国指定史跡「有岡古墳群」
善通寺市内には400基を超える古墳の存在が確認されています。中でも筆ノ山・我拝師山(がはいしやま)で北部を、大麻山で南部を限られた弘田川流域の有岡地区には、同一系譜上の首長墓と考えられる前方後円墳が集中し、大麻山山麓の谷間には、いたる所に後期古墳が集中していることが知られています。
中でも野田院古墳・麿臼山(すりうすやま)古墳・鶴が峰4号墳・丸山古墳・王墓山古墳・宮が尾古墳は、4世紀から6世紀にかけて築造された県下を代表する古墳で、昭和59年11月29日に史跡に指定されました。
この6基の古墳は当地域における歴代の首長墓であり、讃岐の古代史解明に重要であるばかりでなく、中央や先進地域との緊密な交流を示す貴重な遺跡です。
書かれてあることを読むと、この辺りに流れるオーラに納得。
野田院古墳(3世紀後半)
野田院古墳は大麻山北西部のテラス状平坦部(標高405m)という非常に高い場所に築かれた、丸亀平野周辺部で最古式の前方後円墳です。
その規模は全長44.5m、後円部径21.0m、後円部の高さ2.5m、前方部幅13.0mで、前方部は盛り土、後円部は安山岩塊の積石によって築かれています。
また、前方部はくびれ部が細く締まり、先端が撥型(ばちがた)に開く発生期の前方後円墳の特徴を示していることなどから、3世紀後半に築造されたと考えられており、最初にこの地に登場した首長の墓ではないかと考えられています。
市内には他にも、大窪経塚(おおくぼきょうづか)・大麻山経塚・大麻山椀貸塚(わんかしづか)・丸山1号、2号墳などの積石塚がありますが、この古墳群は坂出から綾歌の積石塚を経て、高松の石清尾山(いわせおやま)古墳群と連鎖することが知られています。
つまり、この古墳は積石塚古墳の発生や変遷を研究し、当時の讃岐の地域集団関係を知るうえで非常に貴重な遺跡なのです。善通寺市平成4年度
どれくらいすごい古墳なのか分かったよ。
大絶景!
古墳をななめ上から見ることができるように台が作られている。
霞んでいるけど瀬戸内海が見えるよ。
▼前方後円墳のカタチが分かるかな。
並べられている壺はレプリカね。
古墳についての説明がいっぱいあって、とても勉強になった。
詳しくは訪れて学んでいただきたいんだけど、この積石塚は土の代わりに石を積んでいる方式。
この積み石はとても珍しく、全国でも長野県で見られるくらい。
朝鮮半島から伝えられたとされる「外来説」と讃岐「自生説」があると書かれてあることが興味深かった。
ここから少し上がったところの「山頂園地」に展望台があるので行ってみよう。
アスファルトが上まで続くんだけど、上には駐車場がないので歩いて行くよ。
グルグル上がっていくアスファルトに対し、山道をまっすぐ上がっていく。
すぐ到着すると思ったんだけどね・・・
ノコンギクがいっぱい咲いていた。
▼アキノタムラソウも。
▼案内図では進入禁止になっていたけど、こういうことか。
自動車をとめる幅はあるけど、マナーは守ろう。
ノコンギクさんに元気をもらいながら登る。
ほんとにいっぱい咲いている。
かなり急な坂が続く。
展望台に到着。
▼讃岐富士「飯野山(いいのやま)」(写真中央右下、富士山のような山ね)と瀬戸大橋が見える。
丸亀平野、美しい。
香川県ため池の数は兵庫県、広島県に続いて第3位。
しかし日本一小さい都道府県、ため池密度は圧倒的1位。
空が映っているよ。
ふ~歩き疲れたよ。
キャンプ場に到着してここまで登り、戻るのに約1時間40分。
いいトレッキングになったし、瀬戸内の絶景を見て癒された。
展望台からさらに200m歩くと桜並木がある。
桜の咲くころ、また来たいな。